1936年、広田内閣発足。吉田さんが関わる組閣問題も

広田内閣とは

 

広田内閣(ひろないかく)は西暦1936年(昭和11年)3月に日本で発足した内閣です。内閣総理大臣は広田弘毅(ひろたこうき)という人です。この方は前の政権である岡田啓介内閣で外務大臣を担当されていました。1936年2月に発生した反乱事件、2・26事件の後このような事件を未然に防ぐことが出来なかったということでしょうか岡田内閣は総辞職することとなります。岡田内閣が退陣し次の首相を誰が担当するかに焦点が移りました。首相を決定する場合、誰を首相にするか大体の目星を天皇の重臣である元老の西園寺公望(さいおんじきんもち)がつけて昭和天皇に「~を次の首相にするということでいかがでしょうか」と進言して天皇からの首相を引き受けるようにとの命令が出る、以上のような流れになるもののようです。

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この時まず名前が挙がったのは近衛文麿(このえふみまろ)という公爵、華族の人物でした。当時国会の二つの議院の内の一つ貴族院の議長という要職に就いています。西園寺さんは近衛さんに首相職を引き受けるよう要請します。西園寺さんが昭和天皇に「近衛公爵でいかがですか」といった内容の進言があり、昭和天皇から近衛さんに対して内閣総理大臣を担当するよう御命令が実際に出ました。しかし昭和天皇の御命令が出た後に近衛さんはそれを断るという行動に出ています。この時結局近衛内閣は誕生しませんでした(ただし1937年に近衛さんは首相を担当することになります)。2・26事件後の首相職要請を近衛さんが断った理由については健康上の理由とか、近衛さんの政治的な考えが西園寺さんの政治的な立場とは異なるからとかいろいろ言われていますがはっきりとしたことはわかりません。では誰に担当してもらおうかという時点で名前が挙がったのが広田弘毅さんでした。当初広田さんはその要請を拒否し続けておられたそうですが結局引き受けることとなります。広田さんは東京帝国大学を卒業後外務省の役人となります。様々な国での外交官としての経歴を積まれた後に1933年に斎藤実内閣の外務大臣に就任しました。その後岡田啓介内閣でも外務大臣を引き続き担当しています。当時の要人からの信頼が相当高かった方のようです。

 

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広田内閣組閣問題

 

昭和天皇からの御命令も出て、広田さんは首相を引き受けることとなり誰を大臣にするかを決めることとなります。しかしここで早くもトラブルとなりました。広田さんが大臣にはこの人物でいこうと考えた人材について陸軍が文句をつけたからです。文句をつけた人材の中に吉田茂(よしだしげる)さんの名前もありました。吉田さんは外務大臣に就任する予定だったのだそうです。この人事案について陸軍側は今回の内閣は自由主義的であったり現状維持的、消極的な政策で妥協するような性格であってはならないといった内容を発表して英国や米国と協調した外交をおこなうべきだという姿勢の吉田さんが外務大臣となることを強く否定したようです。結局吉田外務大臣案は実現せず外務大臣となったのはさしあたって広田弘毅首相、つまり兼任でした。その後間もなく外交官の有田八郎(ありたはちろう)さんという方が外相を担当することとなります。有田さんは英国や米国と協調する立場ではない人物と見られていたそうでこの人事については陸軍から文句も出ず無事就任が成りました。広田さんの人事案に陸軍が文句を言ったことで大臣にならなかった方は他にも複数名おられます。当時大変有名な航空機メーカーだった中島飛行機を立ち上げた人物で有名な政党「政友会」の所属国会議員でもあった中島知久平(なかじまちくへい)さんもその一人だったそうです。

 

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今回は広田内閣発足に関して取りあげてみました。2・26事件後の混乱の中でどのように政権が成立していったのかということと、内閣を組織するにあたって陸軍側の介入がどのようなものだったのかということが気になったため調べてみることにしました。広田内閣では陸軍大臣に寺内寿一(てらうちひさいち)陸軍大将が就任していますがこの寺内陸相などから陸軍側の意向としてこの人物は良くない的なクレームが出たのだそうです。広田首相が陸軍の要求を突っぱねたとしたら陸軍大臣の成り手が見つからなくなってしまうんでしょうかね。寺内さんは陸軍の派閥、統制派に属する軍人と見られていた人です。反対派閥の皇道派軍人は2・26事件を理由に当時の陸軍の主流から排除されていたようです。「反対派閥から陸相になってもらう人を探すよ。あんた(寺内さん)の無理な要求は聞けないね。」といった対応は広田内閣には出来なかったんでしょうかね。それともどうなんでしょう、海軍の穏健な軍人さんに陸軍大臣をやってもらうというわけにはいかなかったんでしょうか。そんなの引き受けませんかね。天皇ご自身が広田さんに首相を担当するよう御命令を出されているというのにその首相である広田さんの意向に陸軍は臆せず文句を言うというのもすごい話です。陸軍には先の2・26事件発生の責任を感じて恐縮するという思いが無かったんでしょうかね。思い上がっているという感じがしないでしょうか。

 

今回の記事は以上となります。最後までご覧いただき誠にありがとうございました。  <(_ _)>

※記事内容と掲載している写真に関係はございません。ご了承ください。

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