1940年に発足した大政翼賛会とは?政党の反応についても

大政翼賛会とは

 

大政翼賛会(たいせいよくさんかい)とは西暦1940年(昭和15年)10月に当時の政権であった近衛内閣が中心となって立ち上げた組織です。この組織は同年に勢いを強めた新体制運動(しんたいせいうんどう なかなか終わりが見えない中華民国国民政府との戦闘に対応できるよう日本国内の体制を整えていこうという政治運動のことです)を進めるために設立されました。この組織には後に産業報国会(様々な労働団体が統合されて誕生した組織)や婦人団体など様々な団体が所属することとなり、日本国民は生活を送る中、多くの場面でこの組織が関係する指示に従わなければならなくなります。この組織の長は「総裁」という名称で時の首相が務めることとなりました。そのため初代総裁は近衛文麿さんが担当しています。

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当初近衛さんや近衛さんの周辺で組織の立ち上げに関わっていた人たちは日本国内で唯一存在が許されるような新しい政党として新組織を作るつもりだったそうですが、そのような構想に対し批判も強かったようで政党組織としての体裁を整えることは結局出来ずに終わり、政府の指示に従う政治に関わりを持たない組織として位置付けられることとなりました。この組織に関係した標語は「大政翼賛 たいせいよくさん」「臣道実践 しんどうじっせん」というものですが、大政というのは国家の政治という意味で翼賛というのは力添えすること、補佐することという意味になります。そのため大政翼賛というのは国の政治に力添え、補佐するという意味になります。臣道実践というのは日本国民としてあるべき姿を守り国家のために力を尽くして奉仕しましょうという意味のようです。

 

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政党の反応

 

当初上でも書いたようにこの大政翼賛会は非常に支持を集める新政党になると見られていたようで従来存在していた政党では、大政翼賛会発足以前の時期から分裂が起きて一部の議員たちが早々に新政党に合流するため離党していきました。しかしこれまでの政党に残っていた議員たちも結局は合流することになります。そのためこれまで存在していた立憲政友会、立憲民政党、社会大衆党など衆議院で多数の議席を占めていた政党は解党する結果となりました。それぞれの政党に所属している議員たちが決めた判断です。議員たちがこの組織に率先して合流したのは、協力の姿勢を示すことでその勢力の中で重要な立場を確保したかったからだという指摘があるようです。非常に大きな政党勢力になることが見込まれていたので議員としての立場を守るという点では魅力的だったのかもしれません。政党がそれぞれ解党したことで衆議院内には巨大な会派「衆議院倶楽部」というものが出来ました。しかし大政翼賛会は政治団体ではないということになってこの会派はいったん解散となります。その後それぞれの議員が元の政党を再建するということもなく新たに「翼賛議員同盟」という衆議院議員の大半が参加する会派が作られることとなります。一方、一部の衆議院議員はこの巨大な会派に参加することを拒否し少数勢力の別会派を作りました。別会派の一つである鳩山一郎さんが代表となった「同交会」は時の政権に批判的でかつてのような議会政治を再びおこなうことを目指したのだそうです。

 

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今回は大政翼賛会について取りあげてみました。これまでの議会政治が変質したきっかけとなる組織だと思っていたので、それが誕生したというのは歴史上重大な話なのだろうなと思い記事にしてみました。法的な理由で政党が解散させられて強制的に大政翼賛会という政治組織に吸収されていったという風に思い込んでいましたが、大政翼賛会は政党の代わりになる政治組織ではなかったようです。勘違いをしていました。また、衆議院議員の多くが自らこれまで所属していた政党を離党したり、政党を解党して新しく誕生すると見られていた政党に合流しようとしていたということを知りました。自発的な動きだったんですね。議員の大半にはこの流れに従ったほうが次の選挙の時に圧倒的に有利だといったような算段があったんでしょうか。国内で唯一合法な政党を設立するというようなことを近衛さんたちは当初考えたようですが、当時のドイツやソビエト連邦の政治体制がちょうどそのような仕組みでした。当時ドイツは勢いに乗っていたので新党を作ろうとしていた近衛さんたちがそのような体制に見習おうと考えるのは何も不思議ではないという意見もあるようです。でも国力のあったイギリスもアメリカもそのような一党独裁体制ではなかったんですよね。近衛さんたちの新党構想に反対した人たちは大日本帝国憲法で定められている内容を根拠として批判する場合もあったようです。現代では批判されることも多い大日本帝国憲法ですが一党体制構築に抵抗する役目を果たしたというのは意外な気もします。憲法の存在というのは本当に重要ですね。

 

今回の記事は以上となります。最後までご覧いただき誠にありがとうございました。  <(_ _)>

※記事内容と掲載している写真に関係はございません。ご了承ください。

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