広島の原爆による被害者の方々の人数はどれ位なのでしょう

広島での原爆による被害者の方々の人数

 

西暦1945年(昭和20年)8月6日にアメリカ軍の爆撃機によって広島市に落とされたウラン型原子爆弾は広島にいた多くの人々に被害をもたらしました。あまりにも規模の大きな破壊を伴う攻撃だったことで被害の詳細を国や広島市も正確に確認することは困難だったようです。ただ被害に遭った方々に関するおおまかな規模、数字については報告されており広島での原爆で死亡された方々の人数については1945年の8月6日から同年の年末までの間で約14万人だったといわれています。また原子爆弾が出した放射線の影響によって病気を発症してなくなられた方々は1946年以降もおられ、1945年に亡くなられた方々の人数も合計すると原爆が原因で亡くなられた広島の方々は約20万人にもなると言われているそうです。原爆による残存する放射線を浴びてしまった方々、命を落とさずに済んだ方々も含めますと広島の原爆を被ばくした方々の人数は約56万人にものぼるそうです(1945年の広島市の人口は約35万人だったそうです)。また人数ではありませんが建物の損害に関しても報告されていて、広島市によると原爆によって5万1787件の建物が全壊したり全焼してしまったそうです(原爆投下の前にあった建物の件数は約7万6000件でした)。とんでもない被害です。

 

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広島に原爆を投下した理由

 

日本中に存在する様々な都市の中から広島が選ばれ投下された理由として複数指摘されているようですが、新型兵器である原子爆弾の威力を確認するのに適していたからとか兵器関連設備が広島に存在していたからとか軍の施設が存在していたからといった理由が挙げられることが多いようです。広島は通常の爆弾による空襲を他の大都市に比べあまり受けていなかったそうで、都市全体としての被害が少なく、そこに原爆を投下すると通常爆弾で多数の被害が出ている都市に比べ原爆による影響を測定しやすいとアメリカ軍は考えていたようです。次に軍の施設についてですが、当時の日本では日本軍が本土決戦のために日本本土で第1総軍、第2総軍、航空総軍というものを当時編成していました。第2総軍というのは西日本の防衛を担当する部隊でしたが、この第2総軍の司令部が存在していたのは広島でした。兵器関連設備については、当時広島に陸軍兵器補給廠(りくぐんへいきほきゅうしょう)という兵器や弾薬の補給をおこなう機関や造船所が存在していました。また広島には地域の重要な港が存在することについてもアメリカ側は注目していたようです。また広島の地形は丘陵地に囲まれていて原子爆弾の爆風による破壊効果を強めることになると考えられていたらしく、破壊力を最大化するために広島が選ばれたという指摘もあるようです。

 

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原子爆弾を開発した理由

 

アメリカはイギリスから原子爆弾を製造することが可能であるとの報告を受け原子爆弾の開発を進める決断をしています。それ以前にドイツから亡命したユダヤ人物理学者による提言がアメリカ政府に寄せられており、その中でナチスドイツが原子爆弾を開発する危険性について注意喚起されていたそうです。ドイツが連合国側よりも先に新型爆弾を保有することになっては戦況に大きな影響が出てしまうことも憂慮されます。アメリカは1942年から原子爆弾開発に力を入れるようになりました。ドイツ軍は原子爆弾の開発に関し物理学者を集め1939年頃から検討はしていました。しかし当時のドイツの指導者ヒトラーの理解が得られなかったようで開発に本腰を入れることは無かったそうです。アメリカが製造した原子爆弾の攻撃を受けている日本も1940年ころから原子爆弾製造の可能性に関して検討が始められており、1943年から爆弾開発の研究がおこなわれました。1939年以降原子爆弾について各国とも関心を持っていたようです。

 

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今回はアメリカ軍による広島への原爆投下によって被害がどれほどになったのかについて一部取りあげました。連合国側の日本本土に対する攻撃の中でも広島の原爆投下という出来事は特に有名でもあり重大な話でもありますので、たくさんの方々が犠牲になったことは承知しているつもりでしたが記事にしてみることとしました。東京大空襲の記事を作成している時、アメリカの行為が戦争犯罪だと指摘する意見があることを知りました(戦争犯罪かどうかについては意見が分かれています)。当時の国際法から見ても東京大空襲は逸脱した攻撃だというわけです。当時第二次世界大戦を戦っていた国々が調印していたハーグ陸戦条約の付属書の中に第23条として戦闘について禁止する行為が列挙されている箇所があり、その中に不必要な苦痛を与える兵器や物質を使用することも盛り込まれています。この点を根拠に東京大空襲で使われた焼夷弾が問題視されているようです。原子爆弾は不必要な苦痛を与える兵器に当てはまるかどうかと問われたら、どれくらいの割合の方々が当てはまると答えるでしょう。私は当然当てはまると思います。放射線を浴びたことによって終戦後も苦しまなければならなかった方々がたくさんいたわけです。戦争が終わったというのに戦争中に使用された兵器の影響で何故苦しみ続けなければならないのでしょう。アメリカ国内でも原子爆弾の使用に反対する科学者らの意見がアメリカ政府に対して提出されていたそうですが、もっともな反応だと思いました。本当に残酷な行為です。

 

今回の記事は以上となります。最後までご覧いただき誠にありがとうございました。  <(_ _)>

※記事内容と掲載している写真に関係はございません。ご了承ください。

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