戦後の日本でインフレが発生した理由は何なのでしょう

戦後の日本でインフレが起きた理由は

 

西暦1945年(昭和20年)8月に日本が第二次世界大戦に敗れた後、日本国内では物の価格が上昇しお金の価値が下がるという経済現象、インフレーション(略称はインフレです)が進みました。どれくらいインフレが進行したのかについては終戦の1945年から3年間ほどで物価が100倍くらいになったなどという指摘があるそうです。3年で物の値段が100倍になってしまうなどというのは滅茶苦茶な話です。例えると今売られているおにぎりが大体100円とちょっとくらいだとして、3年後それが100倍の一万円くらいにまで上昇してしまうというようなことです。とんでもない物価の上昇であることがわかりますが、こういうことがどうして起きるのでしょう。理由として戦後、日本社会で出回るお金の量がとても増えたということや物が不足していたことが指摘されています。

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戦争中に受けた被害によって日本国内の生産のための設備や船舶などの輸送のための設備は大きな打撃を受けることとなりました。そのため国民が必要とするだけの物資を効率的に生産したり人々のもとに輸送したりすることは難しい状態となり品不足となりました。人々が欲しがる中、品物が少ないのならば当然品物の値段は上昇してしまいます。短期間で生産設備や輸送体制が回復したわけでもなかったため物不足の状態は続いてしまいました。ただ物不足となったことについては生産設備の戦争被害よりも生産のために必要な原材料が不足していたことや生産のために必要な電力などのエネルギーが不足していたことがより深刻な理由だったという指摘もあるようです。別の理由、日本社会の中で出回るお金の量が増えたということについてですが、政府が様々な理由で債権をたくさん発行してその債権を国民に買ってもらうという方法ではなくお金を発行する銀行、日本の中央銀行である日本銀行にその債権を買い取ってもらってお金をいっぱい工面しそのお金を短期間で使いまくってしまったことがよく指摘されています。国債のような債券を政府が発行しなければならなかったのには、戦時国債を買ってもらっていた人たちに一定期間が経過したからという理由で購入してもらった戦時国債を利子付きで現金に戻し国債購入者に支払う、償還(しょうかん)をしなければならなかったからとか、日本軍の軍人さんや戦死された軍人さんの御遺族、関係者に退職のお金や恩給(おんきゅう)を支払わなければならなかったとか、軍需物資の生産のために政府が企業に注文を出し国が受け取っていた物資の支払いを企業に対しておこなわなければならなかったといった事情があったといわれています。

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そういった諸事情で必要となるお金は莫大であり国民からもらう税収では追いつきませんから、新たに国債を発行して日本銀行にその国債を買い取ってもらうしかありませんでした。そういった国民や企業に対する支払いを一気に、短期間におこなったことで世の中に出回るお金の量が急激に増え、インフレに大きく影響したということのようです。また、戦争が終わった後国民は生きていくための必需品を購入するために銀行に預けていたお金をたくさん引き出すという行動に出ました。このような国民の行動も世の中に出回るお金の量を増やすことにつながったという指摘があります。また少し時期がずれますが、日本の経済を立て直すために新たに作られた政府系の金融機関、復興金融金庫(ふっこうきんゆうきんこ)は国内の重要と判断された産業分野の企業などに積極的に融資、お金を貸し出していきました。このような政府系金融機関の融資によっても世の中に出回るお金の量が増加し、このこともインフレが進行した要因と見られているようです。復興金融金庫は1947年に入ってから設立されています。その後1949年になって新たな融資は中止され、役割を終えたということで1952年にはこの金融機関は解散しています。

 

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今回は第二次世界大戦後の日本で進行したインフレについて一部取りあげました。上でも書きましたが物の値段が数年で100倍になるようなとんでもない出来事ですし、人々が生活していくのは、当時本当に大変だったということを示すような出来事ですので、このような現象がなぜ起きたのかという確認の意味も兼ねて記事にしてみようと思いました。インフレの原因は政府の短期間での多額の出費だという指摘が多いようですが、政府としては戦時国債、戦争継続のために必要なお金を工面するために発行した国債の償還に応じないわけにはいかないでしょうし、命を張って戦われた軍人の方々に退職金を支払わないわけにいきませんし、戦死された方の御遺族にお金を支払わないわけにもいきません。軍需物資を納入してくれた企業にお金を支払わないと企業も困ってしまいます。支払って当然のお金を支払うことでインフレが起きてしまったということなら、戦後のひどいインフレというのは避けがたいものだったということなのでしょうか。物の不足がより根本的なインフレ進行の原因だという意見もあるようですが、それが本当であれば原材料をいっぱい輸入して生産に必要な電力などエネルギーの供給が出来るようテコ入れしたらインフレ問題もそれほど時間をかけずに解決したということなのかもしれません。どれが戦後のインフレ進行の根本的な理由なのかについて確定することは私には出来ませんが、戦争行為によってこのような経済的な混乱を招くことがあるということは間違いないでしょう。相手の国から攻撃されたら応戦するしかありませんが、自ら戦争を引き起こすというのは、こういった経済的混乱の危険性もありますし得な話ではないなと改めて感じました。

 

今回の記事は以上となります。最後までご覧いただき誠にありがとうございました。  <(_ _)>

※記事内容と掲載している写真に関係はございません。ご了承ください。

戦後の日本社会の混乱に関する他の話「戦後の闇市とは何なのでしょう?判事さんの件も」はこちらです。

今回の記事と全然違う時代の全く異なる国でのインフレの話「ジンバブエではなぜインフレが進行してしまったのでしょう」はこちらです。

物価の下落(デフレ)が進行してもひどいことになるという話「昭和恐慌による物価や輸出・輸入の変化と農家の状況について」はこちらです。

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