ベトナム戦争は日本にどのように影響したのでしょう

ベトナム戦争による日本の影響

 

それ以前からベトナム南部のベトナム共和国をアメリカ合衆国は軍事的に支援していましたが西暦1965年(昭和40年)には本格的にベトナムの北側にあったベトナムの社会主義国、ベトナム民主共和国との戦いに入っていきます。このベトナム地域でのアメリカを中心とした自由主義勢力とベトナムの社会主義勢力の戦いがベトナム戦争ですが、このベトナム戦争は日本にどのように影響したのでしょう。日本はアメリカ軍に協力するという形で戦争に関与することになりました。そしてベトナム戦争によって日本は経済的な利益を得ることになります。また日本国内ではベトナム戦争に反対する活動が活発になっていきました。ベトナム戦争の影響としてよく挙げられるのは以上のような事かと思います。

 

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戦争への関与

 

1960年に内容は変更されましたが、日本はこの時期アメリカ合衆国と安全保障条約を結んでいる関係にありましたし、その条約により日本国内にアメリカ軍の基地がありました。また、ベトナム戦争が始まった頃、沖縄本島をはじめとして南西諸島の地域はアメリカ合衆国の統治する地域となっていました。日本本土のアメリカ軍基地や沖縄地域のアメリカ軍基地はアメリカがベトナム戦争をおこなうのに重要な役割を果たすことになり、日本も国内の米軍基地をベトナム戦争のために利用することを認めアメリカの戦争行為に協力しています。実際に日本人が兵員となってベトナム戦争に参加することはありませんでしたが、戦場とはなっていない後方の地域としてアメリカを支援するという重要な役割を担う形で戦争に関わるようになりました。当時日本の統治下ではありませんでしたが、沖縄からベトナムへ向けて爆撃機が飛び立ちベトナムを爆撃していたそうです。そういった意味で沖縄はアメリカによるベトナム攻撃の大変重要な拠点となっていました。また日本本土のアメリカ軍基地はベトナムへ向けて兵器を輸送する拠点にもなりましたし、戦いで損傷した兵器を修理する施設としても機能しました。負傷したアメリカ軍の兵員が来日して日本で治療を受ける事例も珍しくなかったそうですし、休養目的でアメリカ兵の人たちが来日するということもありました。単に日本のアメリカ軍施設だけではなく日本側の交通輸送関連のインフラ、空港や鉄道などもアメリカ軍側の人員、物資の輸送に協力していたそうです。

 

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反戦運動の活発化

 

日本政府は戦争に協力する一方、日本国内でベトナム戦争に反対する動きが強まっていくことになります。ベトナム戦争に反対する市民団体が作られ、その団体を社会的に影響力のある有名人や知識人が支持し、それに共感し協力する一般の方々が増加していきました。戦争に反対するという主旨で集会を開いたりデモ活動や労働組合によるストライキをおこなったり、現地での戦闘から許可なく離脱したアメリカ軍の兵員たち、脱走兵をアメリカ政府の権限で逮捕することが出来ないような国に逃がすのを支援したり、在日米軍の兵員にベトナム戦争に反対するよう働きかけたり、などの行為を戦争に反対する人たちはおこないました。当時非常に有名になった市民団体に「ベトナムに平和を!市民連合」通称「ベ平連(べへいれん)」があります。作家の小田実(おだまこと)という人がこの団体のリーダー的な存在でした。

 

経済的な利益

 

1950年の朝鮮戦争によって日本経済は大変な利益を得ることになったという話は有名ですが、ベトナム戦争でも日本は経済的な利益を得ることになりました。ベトナム特需などとも言われるそうです。アメリカ軍が戦争を継続していくのに必要な物資を日本で製造して供給したり、アジア地域で日本と同じようにアメリカ軍に物資を供給している他の国々に物資の原材料を日本が供給したり、軍需物資の生産で忙しいアメリカの企業の代わりにアメリカ国内で必要とされている物資を日本が輸出したり、以上のような経路によって日本の生産する物資が消費されていったのだそうです。ベトナム戦争が始まってから、毎年当時のお金で10億ドルくらいベトナム戦争関連の経済活動で利益が出ていたという報告もあるようです。経済企画庁の統計資料「国民所得統計年報」昭和53年版によりますと日本の実質経済成長率は1965年が5.1%でしたが翌年は9.8%、1967年は12.9%に跳ね上がっています。

 

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今回は1960年代に起きたベトナム戦争で日本が受けた影響について一部取りあげました。ベトナム戦争が始まった後アメリカで反戦運動が広がった話は有名な気がしますが、日本国内でアメリカの脱走兵を逃がしたりするような活動がおこなわれていたことは知りませんでした。アメリカ政府も日本政府もこのような動きはやめさせたかったでしょうから、そのような中よく逃がすことが出来たものだなと驚いてしまいます。脱走兵の逃走経路にはソビエト連邦が関わっていたという話もあるようですし、市民団体をソビエト連邦の諜報機関が支援していたなどという話があることも今回記事を作っていて知ることとなりました。反戦活動の裏では純粋な戦争反対という考えとは異なる思惑を持つ勢力が暗躍している場合もあるようです。日本がベトナム戦争で経済的な利益を得ていたという点についてもこれまで意識したことがありませんでした。以前に第一次世界大戦で日本がとても好景気になったという話を扱うことがありましたが、やはり戦争というものは直接戦場とならない地域では相当経済を刺激することになる出来事ということのようです。これが現実なのですね。戦争という、人が殺し合う行為によって経済的な利益を得るというのは何ともおそろしく、不気味なことですし、やるせない感じがします。

 

今回の記事は以上となります。最後までご覧いただき誠にありがとうございました。  <(_ _)>

※記事内容と掲載している写真に関係はございません。ご了承ください。

他の地域の戦争が日本に与えた影響について触れている話「朝鮮戦争の頃日本に警察予備隊がなぜ作られたのでしょう」はこちらです。

戦争による経済への影響について触れている話「日本の大戦景気とは?成金や当時の日本の輸出品についても」はこちらです。

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