ロッキード事件で田中角栄さんにどんな判決が出たのでしょう

ロッキード事件の裁判で田中角栄さんに出た判決

日本のそんなに古くはない時期の出来事、現代史に関心を持たれてこのページに来られた皆様、こんにちは!この記事では私なりに戦後の政治の歴史の中でとても大きな出来事の一つだったと思われるロッキード事件、この事件で取り沙汰された元首相である田中角栄(たなかかくえい)さんの判決について書いてみたいと思います。この事件では田中さんが首相を担当されていた時期に賄賂を受け取っていたという容疑がかけられます。田中さんが首相の立場を退いて、一衆議院議員の立場で仕事をしていた時にロッキード事件が表面化して先ほどの容疑で昭和五十一年、西暦1976年に逮捕されます。その後東京地方裁判所、東京高等裁判所、最高裁判所で賄賂を受け取った件などに関する裁判がおこなわれました。その結果、第一審東京地方裁判所の裁判(昭和五十二年、西暦1977年に開始)では田中さんに有罪の判決(昭和五十八年、西暦1983年に一審の判決が出ます)が出ています。懲役4年、追徴金5億円の実刑判決という結果となりました。田中さん側は控訴し裁判の場は高等裁判所に移りましたが、第二審の東京高等裁判所は控訴の棄却という判決(控訴棄却の判決は昭和六十二年、西暦1987年に出ました)を出しています。田中さん側はこの判決を不服として第三審の最高裁判所に上告しました。しかし最高裁判所での裁判が行われている期間中に田中さんはお亡くなり(平成五年、西暦1993年に亡くなりました)になり結局最後まで裁判が終了しないで幕引きとなりました。公訴棄却(こうそききゃく)となっています。ということで裁判が終了した東京高等裁判までの判決では懲役4年、追徴金5億円という実刑判決でしたが最高裁判所での判決が出されることなく公訴棄却となったので有罪確定ということにはなっていません。

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用語の補足をします

日本の場合、合計三回裁判を受けることが出来る三審制が採用されています。田中さんの件でも田中さん側の希望で地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所で裁判が行われました。第一審の東京地方裁判所で出た判決、懲役4年の懲役(ちょうえき)とは刑務所で生活し定められた作業をおこなうという刑です。追徴金5億円の追徴金(ついちょうきん)ですが、犯罪で得たものを没収することが困難な場合、それに相当する金銭を国などが取り立てることを追徴と言い、そのお金を追徴金と言います。田中さんは5億円の賄賂を受け取ったという容疑をかけられていたので追徴金の5億円というのは賄賂のお金に見合った額ということなのでしょう。第二審の東京高等裁判所では一審目(この場合東京地方裁判所の裁判)の判決を支持し控訴の棄却という判決が出ていますが、この控訴というのは一審目の判決が不服な場合に第一審をおこなった裁判所より上級の裁判所に新しい判決を出すよう被告側が求めることを意味する言葉です。

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「控訴の棄却 こうそのききゃく」の棄却ですが、被告が控訴をした場合、上級の裁判所が控訴を認めないということもあります。この上級裁判所が控訴を認めないというのを控訴の棄却と言います。上告(じょうこく)というのは第二審の判決について被告側が受け入れられないという理由で更に上級の裁判所での裁判を求めることを意味している言葉です。公訴棄却(こうそききゃく)というのは控訴棄却(こうそききゃく)と意味が違います。公訴棄却は刑事裁判で被告に対する訴えを無効として裁判を終了させてしまうことです。田中さんの場合は公訴棄却となったので裁判は途中で終わってしまったということになります。

ロッキード事件

ロッキードというのはアメリカの航空機製造の会社の名前です。この会社が製造する航空機をいろいろな国の航空会社で買ってもらうためにロッキード社の人間が多額のお金を航空会社の重役や航空会社の所属する国の政治家に賄賂として贈り、実際に航空機を購入してもらったといった話が突然アメリカの連邦議会の委員会で明るみになりました。日本もロッキード社が航空機を販売した国の一つで賄賂を贈ったとか賄賂を受け取ったなどの容疑で日本の航空会社の重役や田中さん以外の政治家なども逮捕されています。田中さんのように裁判途中でお亡くなりになって最終的な判決が出なかった件もありますが、有罪が確定した人もいます。

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今回は田中角栄さんの判決について取り上げました。以前戦後の出来事について記事にしていましたが、ロッキード事件についてもこの事件に関わる田中角栄さんの話についても特に触れることはありませんでした。しかし戦後の重要な出来事でもありますし元総理大臣が逮捕されてしまったというお話なので、どのような出来事だったのか簡単にでも確認しておきたく今回のようなテーマの記事を作ってみた次第です。田中さんは賄賂を受け取ったのではなく請負代金としてお金をもらっていただけということで無罪を主張していたそうです。この事件については田中さんを陥れるためにアメリカの一部の勢力がロッキード社のお金の動きをわざと世の中に明らかにしたなどといった陰謀説もまことしやかにささやかれていますが実際のところはどうなのか私にはわかりません。ただロッキード事件の発端となるアメリカ連邦議会の委員会に唐突にロッキード社の秘密にしておきたい企業活動の内容が送られてきたという出来事は非常に奇妙に感じられます。一体誰がどういった意図でそのような一企業の資料を議会の委員会に送ったのでしょう。単純な内部告発と見る人もいるのかもしれませんが、陰謀説が出てくるのも無理もないような気がします。

今回の記事は以上となります。最後までご覧いただき誠にありがとうございました。  <(_ _)>

※記事内容と掲載している写真に関係はございません。ご了承ください。

今回はペンターKさんによる写真ACからの写真を使用させていただいております。

大正時代の政界が混乱した贈収賄事件について触れている話「山本権兵衛内閣の時に起きたジーメンス事件(シーメンス事件)とは」はこちらです。

昭和初期に政界を混乱させた贈収賄疑惑について触れている話「1934年の帝人事件とは?斎藤実内閣への影響についても」はこちらです。

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