民進党が分裂することとなった原因は何だったのでしょう

民進党が分裂した原因

 

日本の政党、民進党(みんしんとう)は平成28年、西暦2016年3月に民主党という政党と維新の党という政党などが合流して結成された政党です。この政党は日本の国会で二番目に大きい勢力、二番目に多い議席を持っていたこともある政党でした(政党を結成した時、衆議院で96人、参議院で60人の議席を持っていました)。生活者、消費者、働く者、納税者の立場に立ち、次世代への責任を果たし既得権益の不正と闘う政党と位置付け立ち上げられたようです。しかし現在の(この記事を作っているのは平成30年9月~10月です)国会で2番目の勢力となっているのは衆議院のホームページによりますと立憲民主党となっています。民進党の名前はありません。民進党は結成された1年後の平成29年、2017年にいくつかの集団に分裂しています。一部の集団は新しい政党と合流し、一部の集団は新たな政党「立憲民主党」という政党を結成し、新しい政党に入らず無所属議員となった方もいましたし、分裂当初民進党にとどまった方もいました。しかし多くの議員が離れていき少数勢力となった民進党はやがて他の政治勢力と合流し新たに「国民民主党」という政党を結成します。平成30年の4月で民進党は消滅することになりました。一時は国会内で2番目の勢力となった政党が結成1年ほどでなぜ分裂することとなったのでしょう。平成29年、西暦2017年におこなわれた衆議院議員選挙、そしてその選挙の直前に新しく結成され世間にとても注目された政党の存在が大きく影響したようです。

 

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新しい政党への合流

 

民進党はしばらく蓮舫さんというかたが代表を担当していたのですが、この方が代表を辞任することとなります。東京都の都議会議員選挙で民進党に関係した候補が勝てなかったことが一つの要因になってもいるようですが、それだけが理由で辞任するわけではないといった説明を辞任にあたって蓮舫さんはされています。その後党内で代表選挙がおこなわれ新しく前原という人が代表になりました。前原さんは代表就任後に東京都知事を担当している人物が中心となって新しく結成する可能性が高い国政政党に民進党は合流するべきだとの考えを表明しました。代表となってそれ程時期が経過していない頃にそのような構想を示したのですが、民進党の幹部の会議でも、民進党の衆議院、参議院の議員が参加する会議、両院議員総会でも前原代表の考えに目立った反対意見が出ることなく了承されたそうです。前原さんが新しく結成される政党に合流したほうがいいと考えたのは、いずれ近い時期におこなわれるという見方が強かった衆議院議員総選挙で民進党と東京都知事が中心になって立ち上げる政党が別個に総選挙を戦うのは民進党と新政党がお互いを潰し合うことになると思ったからなのだそうです。自民党、公明党から民進党勢力が政権を奪い返すためには新しい政党と協力したほうがいいだろうということで合流、と考えたわけですね。東京都知事が結成する政党は「希望の党」という名称になりました。

 

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希望の党側の意向

 

民進党が合流したい、合流に積極的であったとしても相手がある話ですし、合流する政党が了承しなければ実現しません。希望の党側は民進党所属の国会議員全員の希望の党への合流について拒否する考えを前原さんに示したそうです。希望の党が受け入れない議員については具体的な名前が伝えられたそうで総理大臣経験者である議員や(希望の党の代表が地盤とする)東京を選挙区とする一部の議員、希望の党が掲げる憲法に関する考え方、安全保障政策に関する希望の党の考え方と合わないと思われる議員などが合流を拒否される結果となりました。この希望の党側の反応を受けて民進党所属の議員の中から、そのような政党に合流したくないという考えを持った人や合流を拒否された人が離脱、分裂していきました。分裂した人々の一部は新しい政党、立憲民主党を結成して衆議院議員総選挙に臨むこととなり、民進党から離脱しどの政党にも所属しない、無所属の立場で総選挙を戦う議員もいました。こうして民進党の議員は希望の党に合流する人、立憲民主党に参加する人、民進党にとどまる参議院議員の人たち、無所属の人に大きく分裂してしまいました。

 

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今回は民進党という政党が分裂した原因について一部取りあげました。最近国民民主党という政党の代表選挙がおこなわれたようなのですが、この政党は国会内で少数派となっていた民進党勢力が合流して誕生した政党だということを知り、どうしてあんなに大きな政党だった民進党がいろんな勢力に分かれて行ったのか経緯を確認してみたくなりこのようなテーマの記事を作ってみました。国政選挙を前にして民進党の首脳が選挙に勝てる体制を整えようとして生じた結果の分裂だったということのようです。希望の党に多くの民進党議員が合流し総選挙に臨んだわけですが、総選挙で希望の党が議席を伸ばしたとは言えない結果に終わってしまいました。そのため前原さんが期待した政権交代も起こりませんでした。希望の党に合流を断られた人たちが中心となって結成した政党、立憲民主党が獲得した議席のほうが希望の党を上回るという結果になっています。このような選挙結果を受けて希望の党結成にあたり中心となっていた東京都知事の小池さんは党の代表を辞任しました。現実的な安全保障政策を掲げるということで集団的自衛権の行使も認める立場の希望の党よりも集団的自衛権の行使に否定的な立場の立憲民主党が選挙民からより多くの支持を集める形となりました。憲法9条を守ろう、憲法解釈を変えないようにしようという立場の人々が自民党を支持する人々の数を凌ぐほどではないにせよ、たくさんいるということを示している、そういった見方が出来るような気がします。分裂前の民進党の判断は結果論ではありますが、うまくいったとは言えないのでしょう。大きな政党のトップとなるような政治経験の長い議員さんたちが選挙を前にして良かれと思って立ち回ったとしても結果がうまくいかないということはあるものなんですね。

 

今回の記事は以上となります。最後までご覧いただき誠にありがとうございました。  <(_ _)>

※記事内容と掲載している写真に関係はございません。ご了承ください。

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