サウジアラビアとイランが対立する原因は何なのでしょう

サウジアラビアとイランが対立する原因

現在の世の中、中東地域の情勢や国際関係、普段テレビや新聞で取り上げられる話題、ニュースについて関心を持たれてこのページに来られた皆様、こんにちは!この記事では西アジア、中東地域の二つの国家、サウジアラビア王国とイラン・イスラム共和国が対立している原因について私なりに書いてみたいと思います。中東地域には様々な国がありますが、その中でも面積が広い国としてこの二カ国が挙げられます。サウジアラビアはアフリカ大陸に接する巨大な半島、アラビア半島のかなりの領域を領土として保有する国家です。国土の面積は215万平方km。一方のイランはアラビア半島から見て東側に存在する国でイランとサウジアラビアの領土の間にはペルシャ湾という有名な細長い湾があり、この海域は石油をタンカーで輸送するのに大変重要な航路として多くの国の船が使用しています。このペルシャ湾の東側湾岸はすべてイランの領土となっています。国土面積は164万平方km。中東地域で広い国の一位と二位なのだそうです。この中東地域の大きな国、サウジとイランは関係がお世辞にも良いとは言えない状況です。国交を断絶している二カ国関係が良いはずもありません。サウジとイランは平成28年、2016年の1月に入って早々に国交が無くなってしまいました。サウジ側がイランとの国交を断つと表明し断絶に至っています。それ以来国交が回復することなく、日本に入って来る中東関連のニュースの中でも何か事件が発生した際にはサウジアラビアがイランを非難したり、サウジアラビアがイランの関与を主張して、批判されたイランがサウジの指摘を否定するなどといった双方のお互いに対する批判する内容が含まれることも多いように感じます。地理的にはすごく近いけれども対立し、少なくとも最近はすごく仲が悪いイランとサウジ。この二カ国の対立の原因というのは一体何なのでしょう。宗教上の理由が指摘されることもありますけれど、政治体制の違い、特定の国をめぐる関係も含めた周辺諸国に対する働きかけによる摩擦が原因といった指摘が多いようです。

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宗派の違い

イランとサウジアラビアの対立原因として宗派の違いについては否定的な見方も多いようなのですが、念のため挙げておきます。イランとサウジアラビア、両国とも大半の国民がイスラム教を信仰する方々です。同じ宗教なのですが、二カ国の間でこの宗教内に存在する宗派に明瞭な違いが存在します。ご存じの方も多いのでしょうがスンニ(スンナ)派とシーア派という違いです。サウジアラビアはスンニ派の国、多くの国民がスンニ派のイスラム教徒です。様々な数字を見かけますが大体国民の8割程度がイスラム教のスンニ派と言われているようです。もう一方の国、イランはシーア派の国民が多数派を占めているということで有名な国です。割合については若干ばらつきもありましたがイラン国民の9割程度の方々がイスラム教シーア派だと言われているようです。このスンニ派とシーア派という宗派の違いなのですが、イスラム教の重要な人物であるモハメット(ムハンマド)というかたの後継は誰がふさわしいのかということで意見対立が発生してしまったことでそのような宗派という違いが出てきました。モハメットという方はイスラム教の神様(アラーと呼ばれている神様です)から重要な内容を示されたと言われており、それをきっかけにしてモハメットさんはイスラム教を誕生させたわけで、この宗教では一番重要な人物と言ってもいい存在なのでしょう。ある一派はモハメットさん亡き後、彼の血統にこだわらず皆で話し合って宗教指導者を選ぶという立場であり、別の人々はモハメットさんの血統を引き継いでいるものだけがイスラム教の指導者となるべきといった立場でした。ということで宗教面の譲れない論点で意見対立したことによって血統にこだわらない一派がスンニ派となり血統を重視する一派がシーア派となりました。こういった宗派の違いは現在まで続いており、一般の民衆レベルで互いの宗派を激しく嫌悪しているということでもないようなのですが、宗派単位で政治勢力が成立することも珍しくはないのでどうしても摩擦は生じてしまうようです。ただ先ほども触れましたが宗派というよりも政治的な理由による対立が昨今中東で発生している様々な出来事の背景の本質だという指摘は多いようです。

体制の違い、周辺地域での摩擦

現在のイランには国民に選挙で選ばれる大統領職は存在しますが、大統領となった人物が最高権力を持っているわけではありません。また皇帝、国王といった君主が存在したり、そういった君主が実際に政治権力を握っているわけでもありません。イスラム教シーア派の聖職者が最高指導者として君臨しています。権威だけではなく権力も持っている立場です。かつての、イラン・イスラム共和国となる前のイランには皇帝がいました。しかし政治権力を握っていた皇帝によっておこなわれた政治は国民から評判が悪く結果的に革命(イスラム革命)が発生し皇帝は国外に亡命。イランは現在の体制になりイスラム教の教えに基づいた政治がおこなわれています。一方のサウジアラビアは君主制の国家、しかも王族であるサウード家の人々が政治の中枢を占めるような専制君主制の国家です。イスラム革命が発生する以前のイランのような体制に近い国と言ってよいかと思います。サウジアラビアの現在の支配勢力から見ればイランで発生したような革命を自国で起こされてはたまりません。イランの体制に親近感を持つような国内の政治勢力に対しては厳しい姿勢で臨むことになります。おのずとイランとサウジの間に距離が生じることになるのは自然なことなのかもしれません。また、できれば自国の近隣の国では自国と友好的な勢力、あるいは自分たちの息のかかった勢力が政権を担当してほしいと望むのは十分あり得る話でしょう。イランやサウジアラビアもそのように考え、周辺の国々で発生するそれぞれの国内での勢力争いに対し特定の勢力を支援するといった形で介入しています。その結果サウジアラビアやイランとは異なる国々で両国の支援する勢力が武力衝突するといった事態が生じています。アラビア半島の先端の国、イエメンなどはその典型で、イエメンの政権側をサウジアラビアが支援し反体制派の勢力をイランが支援するという構図があります。このように自国の影響力拡大を図ろうとする結果、両国の摩擦も増えてしまっているようです。

今回は現在の世の中、国際的な話題に関する記事ということでイランとサウジアラビアの対立原因について取り上げました。イランもサウジアラビアも同じイスラム教の影響が非常に強いはずの国であるにもかかわらず、互いに非難するような場面がニュースなどでも報じられることがよくあるように思います。ユダヤ教対イスラム教という対立からイスラエルと周辺諸国の対立が激化するといった構図は、「そりゃあ違う宗教だし聖地を取り合ったりするんだから仲も悪くなるよね」と理解もしやすくなりそうなものです。イランとサウジアラビアの場合はそれとは異なるのでどういった事情があって対立しているのか確認してみたくこのような記事を作ってみた次第です。原因の一つとして指摘されることもある宗派の違いについては念のためこの記事で触れはしましたが、それが本質的な原因というわけではないという見方をする方々もたくさんおられるようです。体制の違いや影響力拡大の結果という点については世界中のどの地域でも対立の原因となり得るような気がしましたし、東アジアの我が国、日本も避けて通ることの出来ない問題のような気がします。特定の国の名前を挙げるほど内情を承知しているわけでもありませんが、日本を取り囲む国々が日本国内で自国に都合のいい政治勢力を拡大させ政治権力を握るよう画策していないなどと高を括る(たかをくくる)のはやはり不用心すぎるように感じます。どの政治勢力が本当に自国のためを考えて政策を訴えているのかを見極められる力は必要だと思いますが、そのためにも報道機関が正しく機能してほしいです。

今回の記事は以上となります。最後までご覧いただき誠にありがとうございました。  <(_ _)>

※記事内容と掲載している写真に関係はございません。ご了承ください。

今回の記事でも写真ACさんで提供されている写真を使用させていただいております。

舞台が中東の話題について触れている話「カタールが国交断絶されてしまった原因は何なのでしょう」はこちらです。

イランとイスラエルの関係について触れている話「イランとイスラエルが対立する理由は一体何なのでしょう」はこちらです。

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