日米通商航海条約の廃棄とは?米国が破棄した理由についても

日米通商航海条約の廃棄とは

 

日米通商航海条約(にちべいつうしょうこうかいじょうやく)の廃棄とは西暦1939年(昭和14年)の7月にアメリカが決定した政策判断です。この日米通商航海条約は1911年に調印されたもので、日米間の貿易に関する内容が定められており、この条約を結んだことにより日本は貿易にかかる関税を自国で決定する権利、関税自主権を回復しました。小村寿太郎(こむらじゅたろう)さんがこの条約を締結した時の外務大臣です。米国はこの条約を廃棄することを決め、この結果半年後の1940年の1月に条約の効力が失われました。この条約が無効となったことでアメリカは日本に対し軍需品の輸出を制限出来るようになったのだそうです。

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中華民国との戦闘が続く中、アメリカから戦闘継続のために必要な物資が輸出されなくなっていくことは日本にとって大きな痛手でした。この頃アメリカはフランクリン・デラノ・ルーズベルトが政権を担当する時代となっています。日米通商航海条約を破棄したころの国務長官(日本の外務大臣のような立場)はコーデル・ハルという人物でした。日本側は大変困ったため、代わりとなる協定をアメリカとの間で締結しようとはたらきかけるわけですが、うまくいきませんでした。アメリカとの間の貿易に関する条約が新たに結ばれたのは、第二次世界大戦が終了しサンフランシスコ講和条約が結ばれた後の時代、1953年になります。日米通商航海条約が失効してから13年後のことです。

 

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米国がこの条約を破棄した理由

 

この条約を米国が破棄するにあたり米国国務長官はアメリカに駐在している日本大使を呼び、条約を廃棄することを通告しています。この時、その理由として日本が中華民国を侵略していることに抗議する内容が国務長官から大使に伝えられたそうです。支那事変が始まったのは盧溝橋事件や第二次上海事変が発生した年、1937年(昭和12年)ですからこのような廃棄通告がされるまで二年経過していることになります。この時期に条約廃棄が通告されたきっかけとして1939年6月に起きた中華民国の都市、天津(てんしん)での出来事が関係しているという指摘が多いようです。天津では日本や欧米諸国が租界(そかい)と呼ばれる行政権や治外法権(日本や欧米諸国の国民が中華民国内の租界の中で犯罪を犯しても中華民国の裁判官が裁かず、日本や欧米諸国の裁判官が裁ける権利)の存在する居住区を保有していました。租界の存在自体が各国の権益でした。当時の日本は1939年6月、天津のイギリス租界やフランス租界の交通を制限する行動に出ます。この年の4月に天津で日本と良好な関係にあった税関の関係者(政府のお役人さんですね)が殺害される事件が起こり、事件の容疑者がイギリスの租界内に潜伏したと見られたため身柄引き渡しをイギリス側に求めたところ、イギリス側がその要請を拒否しました。これを理由に現地に駐留していた日本軍が英仏の租界の交通を制限したということのようです。このような事態となり日本と英国の間で協議がおこなわれ英国が日本側に妥協し、中華民国での日本軍の行動を英国が妨害しないということになったそうです。この動きに大変不満を持ったのでアメリカは条約廃棄という行動に出た、そのように見る意見は多いようです。

 

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今回は米国による日米通商航海条約の廃棄について取りあげてみました。アメリカのこの行動によって日本は中華民国との戦闘継続が困難となっていくわけですから重大な動きだと思いますし、アメリカがこの出来事について中華民国を日本が侵略したという理由でおこなっているものの、実は直前に起きているイギリス、フランスの権益を侵害したことが影響しているという話もあるため、政策動機も重要かなと思い、この廃棄の件を記事にしてみました。犯罪をした人物を取り締まるのはもっともな話ですが、犯人引き渡しに応じないことを理由としてイギリスの租界に圧力をかけるようなことをすると当然イギリスは反発しますよね。結果的にはイギリスよりアメリカが強硬な姿勢になったわけですが。日本は中華民国国民政府との戦闘を続けていて、国境を巡って満州国を支援するためにソ連とも戦闘をおこないました。このうえ欧州の強国も敵に回すようなことをしてしまったら日本を取り巻く状況はますます悪化してしまいそうなものです。租界の交通制限を現地の日本軍がおこなおうとするのを日本の外務省は止めようもなかったのでしょうか。中華民国との和平交渉に積極的な日本陸軍の参謀本部がどうしてこのような敵を増やす行動を認めるのかと不思議な気がしました。道義に従い頑なに行動することで、思いがけない反発に遭うということがあるものなのかもしれません。

 

今回の記事は以上となります。最後までご覧いただき誠にありがとうございました。  <(_ _)>

※記事内容と掲載している写真に関係はございません。ご了承ください。

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