故事成語の「朝三暮四」とは?読み方、意味について

「朝三暮四」の読み方

 

「朝三暮四」は「ちょうさんぼし」と読みます。逸話が掲載されている古典の中に朝三而暮四、足乎 「朝に三にして暮れに四にせば足らんか」という箇所があります。

 

「朝三暮四」の意味

 

「朝三暮四」は口先でうまくだます事やどちらにしても同じ事、あるいは目の前の違いに振り回されて大局的には何も変わらないということに気が付かない様子を意味する故事成語であり、実際そのように説明している場合が多いです。

しかし他にも単に「暮らし」や「生計」を意味したり、経済的に苦しい生活を意味するという場合もあるようです。私はこれに関して全く知りませんでした。

 

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「朝三暮四」の使い方

 

この記事のタイトルに「使い方」も含めたいと思いましたが、あまり自信が無いのでやめておきました。以下、私なりの例を挙げてみたいと思います。

ある国では「社会保障を充実させるために消費税を増税する必要がある。」とその国の財務省がたびたび訴えていました。そんな状況での会話。

A「今度法人税が減税されるんだって。」B「え?消費税は増税するのに?それじゃあ国全体の税収が増えないんじゃないの?社会保障の予算を増やせないでしょう。」

A「消費税増税って結局法人税減税の穴埋めのためにやっているのかもしれないね。」B「社会保障の質を維持するために増税が必要だなんて言っておいて。それじゃあ朝三暮四じゃない。」

 

「口先でうまくだます」の意味で使い方の例を示してみました。おそまつでした。

 

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由来となった話

 

昔中国大陸に宋という国があり、その国に狙公という人がいました。狙公さんは猿が好きでたくさん飼っていました。狙公さんは猿が何を考えているか理解することが出来、猿も飼い主の狙公さんの言いたいことを理解することが出来ました。

狙公さんは猿たちが可愛かったので自分の家族の人数を減らしてまで食べ物を猿たちにまわし、猿たちの食欲を満たしていました。

そんな狙公さんですが、急に経済的に苦しくなってしまい、猿たちに与える食べ物の量を減らそうと思いました。しかし猿たちが自分になつかなくなってしまう事が心配でした。

最初に狙公さんは猿たちに言いました。「みんなにドングリをあげようと思うんだけど、朝に三個あげて、夕に四個あげればいいかな?」それに対し少ないと思った猿たちはみんな怒りました。

狙公さんはそのあとすぐに「じゃあ、みんなにドングリを朝に四個あげて、夕に三個あげるならいいかな?」と言いました。すると猿たちは食べ物が増えたと思いみんな大喜びしました。

利口であることや愚かであることでだまし合うのはみんな大体こんなようなものです。聖人が知恵を使ってたくさんのだまされやすい人達を納得させてしまうのは、知恵をはたらかせて狙公さんが飼っていた猿たちをだました事と同じようなものです。実際大きな違いは無いのに喜んだり怒ったりさせられているのです。

 

これは列子という古典に載っている話です。文語で訳してあるものを私なりに現在の言葉で表現してみた内容です。誤った点があるかもしれませんがご了承ください。。

 

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だまされないよう用心するという意味ではこの故事成語は覚えておいて損のないものなのではないでしょうか。今回の話に出てくる猿たちについて話を知った時にはだまされやすく滑稽に感じましたが、本当のところあまり笑えないのかなという気もします。詐欺に遭う話は世の中全く珍しくありませんからね。

 

今回の記事は以上となります。最後までご覧いただき誠にありがとうございました。  <(_ _)>

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