「風林火山」の意味とは簡単に言うと何なのでしょう

風林火山の意味は簡単に言うと何なのでしょう

 

風林火山(ふうりんかざん)というのは有名な戦国大名である武田家の旗に書かれた内容を後の世に略して呼び始めた表現です。武田家は戦国時代の非常に強い戦国大名だったと言われている、現在の山梨県や長野県の一部地域を支配下に置いていた勢力でした。風林火山の「風」は武田の旗の「疾如風」から取っており、「林」は「徐如林」から、同様に「火」は「侵掠如火」から、「山」は「不動如山」から取っています。武田の旗は「疾如風徐如林侵掠如火不動如山」という14文字の漢字で構成されていました(長いですね)。ということで風林火山というのはこの「疾如徐如侵掠如不動如」を略しており、この漢文の内容が風林火山の意味ということになります。この漢字の文は「疾き(はやき)こと風のごとく、徐か(しずか)なること林のごとく、侵掠(しんりゃく)すること火のごとく、動かざること山のごとく・・・」と表現されるそうです。動かざることは普段の表現として解釈できるように感じますが「疾」という字を「疾き はやき」とか「徐」という字を「徐か しずか」という表現で読むことはあまり無いように思います。この漢文ではそのように読むと解釈しやすいようです。ということで上の書き下した文を簡単に表現すると「風のように速く、林のように音の少ない状態で、攻めこむ時は火のように盛んで、山のようにどっしりと動かない」といった内容になり、これが簡略された表現「風林火山」の意味ということになります。武田軍が「風林火山」という四文字のみが書かれた旗を使用していたわけではありません。

 

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武田軍の威嚇

 

この「疾如風徐如林侵掠如火不動如山」は中国大陸で紀元前の時代、今から2500年以上前に活躍した人物が作った「孫子 そんし」という作品から引用したものです。「孫子」は上手な戦い方を指南した作品で、後に兵法書として広まり、この「疾如風徐如林侵掠如火不動如山」も当然軍事に関する作者の考え方を表現した内容です。速いとか音を立てないとか火のように攻撃するとかいった内容は軍勢の理想的なありかたを説いていると言われています。つまり移動する時は非常に速く、敵に近付いても敵が気付きにくいくらい音を立てず、敵に攻勢をかける時は盛んにおこない・・・、といったことを表しています。山のように動かないというのは軍勢として理想的なのかわかりにくい点ですが、相手から攻められたときに動揺しない、取り乱さないということを意味しているのだそうです。このような内容から「疾如風徐如林侵掠如火不動如山」と記された武田軍の旗は、孫子が理想とする兵団を武田軍は体現しているぞと、戦の相手に対して威嚇することになったのでしょう。

 

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他の内容

 

兵法書「孫子」の中では風、林、火、山の他に陰、雷霆(らいてい 「かみなり」のことです)で形容する部分もありましたが、字数が多すぎるとまとまりが悪いからなのか、似たような意味だからなのでしょうか、武田家で旗の内容を考案した人がそれらの内容を省いたようです。陰、雷霆の部分は知りがたきこと陰のごとく、動くこと雷霆のごとしとなっています。陰のように気配を消す、雷が響き渡るように行動するということを意味しているかと思います。林の部分や火の部分と似た意味合いのようにも感じられます。

 

ライバルの旗

 

武田信玄さんが戦った相手としては上杉謙信さんや徳川家康さんや織田信長さんなど有名な戦国大名がいますが謙信さんは「毘」という字が書かれた旗を使っていたそうですし、家康さんは大将の旗として「厭離穢土欣求浄土」という文字を書いたものを使っていたそうですし、信長さんは昔の貨幣を三つ並べた絵を旗のデザインとして採用していたそうです。皆さんそれなりのこだわりを持たれていたのでしょう。

 

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今回は風林火山について取り上げました。信玄さんに関する記事を作ろうと思ったのですが、武田勢を表す表現としても有名な風林火山の意味に関して一般的に関心が持たれているようでしたのでこのようなテーマの記事にしてみました。漢字四文字だとよくわかりませんが、速いとか気づきにくいとか激しく攻撃するとか動揺しないということを表現する内容だったわけです。確かに兵員をそのように用いることが出来るのならばその勢力は相手に恐れられる強い集団ということになるのでしょう。武田の人たちは中国大陸の古典を大変尊重していたのでしょうね。信玄さんの弟さんが書いたとされている家訓を見ても「論語」、「呉氏」、「三略」、「史記」などといった古典から引用している箇所がたくさんありました。信玄さんに限らず「孫子」は後の軍事関係者も大変参考とした書物だそうで、現代でも応用できると考える人が多いため関連書籍が多数出版されています。原書の書き下し文を見ても意味がよくわからないなと感じるところもあります(私はありました)がその道の専門家が解説したものを読むと参考になるものもあると思いますので関心のある方は関連本を一度読まれてみてはいかがでしょう。

 

今回の記事は以上となります。最後までご覧いただき誠にありがとうございました。  <(_ _)>

※記事内容と掲載している写真に関係はございません。ご了承ください。

そんな戦国大名、武田勢が敗れた戦いについて触れている話「織田信長さんは長篠の戦いでどんな戦法を使ったのでしょう」はこちらです。

武田勢が元同盟相手を侵略する出来事について触れている話「桶狭間の戦いに敗れその後の今川家はどうなったのでしょう」はこちらです。

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