廃藩置県とは?意味や目的について調べてみました。

廃藩置県とは?その意味について

 

廃藩置県(はいはんちけん)は西暦1871年の7月に明治新政府が行った政策です。西暦1869年の1月から6月にかけて日本中の諸大名が領地と領地内で生活する領民を天皇にお返しするという版籍奉還(はんせきほうかん)の申し立てを行い、天皇がそれを許可しました。大名は新政府から知藩事(ちはんじ)という立場に任命され、大名の領地は正式に「藩」と呼ばれるようになり、新政府から委ねられるという形式でその後も引き続き領地で政治を行っていました。

廃藩置県という政策によって西暦1869年に新政府が正式に「藩」と呼ばれるようになった知藩事(旧大名)の治める領地はすべて県に変更されました。名称が藩から県に変更されただけではありません。新政府は藩という領地を治めていた知藩事としての権限を旧大名から取りあげ旧大名を東京に移住させることとしました。知藩事が治めていた領地には新政府から任命された役人、県令(けんれい)が派遣され知藩事の代わりを務めることとなりました。版籍奉還によって領地と領民を失った旧大名(知藩事)たちですが、このような政策(廃藩置県)によって旧大名(知藩事)は領地で政治を行うという権力も失うこととなりました。旧大名には版籍奉還以降新政府から支給されている家禄(かろく)という収入や華族という身分が引き続き保証されました。

 

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廃藩置県の目的

 

以前から新政府の人たちは日本の各地でそれぞれの大名がバラバラに領地で政治を行っている状態を変えなければならないと考えていました。日本という一つの国をまとまった体制にするためです。これまでの状態のままですと一つの政策を実現するだけでも意思統一を図るのに非常に手間がかかります。新政府の人たちは大名の持つ権力を新政府に移す必要があると考えて西暦1869年に各大名にまずは版籍奉還を申請させました。

ただ、それだけの変化では知藩事となった旧大名が領地を治めているだけであまり変化はありません。そこで旧大名と領地を治める権限を切り離す必要がありました。そのために行われた政策が廃藩置県です。これによって旧大名たちは領地を治める権限も失い、領地と領地を治める権限は新政府に集中することとなりました。

新政府がこのような流れを強く必要と感じたのは欧米列強の政治体制が権力を政府に集中させる体制であったからです。そのような体制にしなければ脅威である欧米列強のような強い国に日本を変化させることが出来ないという危機感が新政府の人たちにはあったということのようです。

 

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廃藩置県の補足

 

それぞれの旧大名が領地を長年治めていく過程で、旧大名は借金を背負っていました。この旧大名が負担すべき借金を明治新政府は肩代わりすることとなります。というわけで旧大名たちは版籍奉還から廃藩置県に至るまでの中で悪いことばかりだったというわけではなかったようです。

また旧大名がそれぞれの領地で家臣としていたお侍さんたちは廃藩置県で更に旧大名と切り離されてしまうこととなりました。

この廃藩置県を実行するにあたっては明治天皇からの命令によって行うという形式がとられています。天皇直々の命令ですから新政府の役人が出す命令に比べると反発しにくいですよね。また、廃藩置県を実行する前に薩摩、長州、土佐から兵員を集め藩から切り離した天皇直属の兵力、「御親兵(ごしんぺい)」を作っています。このような新政府に従う軍隊を作ったのは旧大名やお侍さんたちの反発を警戒したからということでしょう。

 

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今回は廃藩置県を調べてみました。版籍奉還に比べ、より実質的な政治権力の剥奪であったことを改めて確認することが出来ました。この廃藩置県は倒幕の中心となった薩摩や長州も全く例外ではありませんでした。薩摩や長州のお殿様は朝廷中心の政治になるとはいえ、ここまで自分たちから権限が奪われてしまうことを予想していたのでしょうか。権限を拡大できると思っていたのが騙された、という思いもあったかもしれません。

もし江戸幕府が欧米諸国のような近代化をしていたとしたらどのような仕組みにしていたでしょう。中央集権にするためにはやはり諸大名から領地は取り上げざるを得なかったかもしれませんね。ただ各大名を尊重して政府を構成する上層部のお役人には明治新政府のような藩士出身の人たちではなく江戸時代の老中の人たちのように諸大名が就任したのかも、特に根拠はありませんがそんな気がしました。

 

今回の記事は以上となります。最後までご覧いただき誠にありがとうございました。  <(_ _)>

※記事内容と掲載している写真に関連はございません。ご了承ください。

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