昭和恐慌による物価や輸出・輸入の変化と農家の状況について

昭和恐慌

 

昭和恐慌(しょうわきょうこう)は日本国において発生し西暦1930年(昭和5年)から1931年にかけて状況が特に悪化した恐慌のことです。恐慌は急激な景気の悪化を意味し、株価の暴落による株式市場の混乱や、企業倒産の続発、銀行休業、閉鎖が起き、失業者が著しく増加することが多いです。昭和恐慌でもそのような傾向が強く現れ、多くの国民が苦しむ結果となりました。

 

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昭和恐慌による物価の変化

 

1930年に物の値段、物価は下落しました。株式市場だけではなく商品取引の市場でも取引されている商品価格は大変な下がりようでした。1929年の価格を100とした場合、1930年の綿花の糸の価格は60%台に下落し1931年には50%台にまで下がりました。蚕の繭から出来る生糸の価格も1930年に60%台に下落し、1931年には40%台にまで下がりました。これらの商品は日本の代表的でとても大切な輸出品目でしたがその商品の価格がこのような下がりかたをしたため全然儲からなくなりました。日本人の主食であるお米の価格も1930年には前年の60%台にまで下がっています。ただ1931年にかけてさらに下がるということはお米の場合はありませんでした。消費者が購入する物の価格の指標となる消費者物価指数は1929年から1930年にかけては9%ほど下落し、1930年から1931年にかけては13%ほど下落したようです。小売店など業者間での物の価格の指標である小売物価指数も1929年から1930年にかけて10%ほど下落し、1930年から1931年にかけては20%ほど下落したようです。消費者物価、小売物価どちらの指標も傾向は同様でした。

 

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昭和恐慌による輸出・輸入の変化

 

昭和恐慌時には他国との貿易でも大きな変化が出ました。輸出額も輸入額も昭和恐慌以前に比べ減少しています。輸出と輸入で減り方について大きな違いは無いようです。

1929年の日本の輸出額は266億円くらいだったのですが、1930年は191億円くらいに減り、1931年には151億円くらいに減ってしまいました。1931年の輸出額は1929年に比べ55%位にしかなりません。輸入額は1929年で279億円くらい、1930年で201億円くらい、1931年で169億円くらいだったそうですから、輸出額同様減少しています。しかし輸出額に比べると輸入額は毎年上回っています。輸入超過、貿易赤字ですね。

 

昭和恐慌での農家の状況

 

昭和恐慌当時、上でも書きましたように物の値段は下がりました。そのためせっかく農家の方々が農作物を生産しても農作物が安い値段でしか売れないため、農家の方々の収入が急激に減りました。先ほどのお米の値段にもあった通り、これまでの6割くらいの値段でしか売れないようになったりするわけです。他の農産物の価格の傾向も同様でしたので総じて農家の方々の生活は苦しくなりました。小作農の場合、減少した収入からさらに地主さんへ小作料を支払わなければならないので大変です。おまけに家族が都市へ企業労働者として出かけたものの失業して地元の農村に帰るという事例も多数あったそうですから窮状はさらに深刻になりました。1931年は悲しいことにかなりひどい凶作となったそうでただでさえ安くしか売れない農作物があまり収穫されなくなってしまいさらに収入が減る結果となっています。満足に食事をすることが出来ない世帯も出るようになってしまいました。女性の身売りも珍しくなかったそうです。

 

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今回は昭和恐慌の現象について一部取りあげてみました。物の値段が下がるのがデフレということは知っていますし昨今は日本銀行がデフレ対策を続けているという話もテレビではよくやっていますね。そのせいか商品の値下げはあっても若干の程度で収まっていますし生活に大変な影響が出るようなことは無いように思います。今回物価や輸出入額、農業従事者の状況を調べてみたのは今一つ昭和恐慌のすさまじさがピンとこなかったからでした。しかし調べている中で農家の方々の生活の話を知り恐慌の恐ろしさを強く感じました。小作料を払えないで地主さんから耕作権も奪われてしまったら農家の方たちは収入を得る道が絶たれてしまいますよね。かといって生活保護のような制度があるわけでもないのでしょうし、働きたくても失業者があふれかえっている状況なら雇ってももらえません。文字通り生きていけなくなってしまいます。昭和恐慌についてはまず大きな原因として世界恐慌の発生があるのでしょうけれど、拍車をかけて状況を悪化させたのは当時の日本政府の政策だという見方で大体定まっているようです。物の値段を下げるデフレ政策が必要な局面もあるのでしょう。しかし不況の時にデフレ政策を政府が実施してしまうととんでもないことになりそうですね。昭和恐慌はそういう意味で教訓として心に刻むべき出来事なのではないでしょうか。

 

今回の記事は以上となります。最後までご覧いただき誠にありがとうございました。  <(_ _)>

※記事内容と掲載している写真に関係はございません。ご了承ください。

昭和恐慌と関係していると思われる世界恐慌の話「1929年の世界恐慌とは?発生理由や当時の株価についても」はこちらです。

昭和恐慌克服に効果があったと思われる対応についての話「金輸出再禁止とは?円安の経過や蔵相の他の政策についても」はこちらです。

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