戦後に日本で農地改革をおこなった目的は何なのでしょう

戦後に農地改革がおこなわれた目的

 

第二次世界大戦後の西暦1946年(昭和21年)以降日本では農地改革(のうちかいかく)と呼ばれる農業用地に関する政策の大幅な変更がおこなわれました。第二次世界大戦が終わるまでは農業用地をたくさん所有していた地主が小作人と呼ばれる農業従事者に地主の土地で農作業をしてもらい、得られた収穫物の一定割合を地主に納めてもらうという方法で利益を得ていました。小作人さんが地主さんに納める収穫物の割合が大きいため小作人さんたちは経済的にかなり貧しい状態でした。農地改革によって地主さんの所有できる土地の面積を制限し、決められた以上の土地については地主さんが手放さなければならないこととなっています。地主さんのものではなくなった土地は安い値段で販売されることとなり、貧しい立場の農家の方々がそのような土地を手に入れることによって、自作農、自分の所有する農地で農作物を栽培する農業従事者の方々のことですが、そういった立場の農家の方々の割合が増加することとなりました。地主さんは小作人さんに農作業をしてもらっていた土地を失ったため、これまでのような方法(小作人さんに地主さんの土地で農作物を栽培してもらって収穫物の一定割合を納めてもらうという方法)で収入を得ることが出来なくなりました。農地改革という政策がGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)や日本政府によって進められたわけですが、この農地改革の目的は何だったのでしょう。1945年の12月にGHQは農地改革についての覚書(おぼえがき)というものを日本側に提示しています。そのなかにこの農地改革の目的と思われる内容について書かれています。経済的な障害つまり経済的に非常に貧しいことですね、そのような貧しい状況を解決したり、人権を尊重する仕組みにすることによって民主化を進めること。日本の農業従事者を奴隷のようにして経済面で縛り付けてきた仕組みをこわすこと。農業に従事している人々に実際の働いている内容に応じた利益を得てもらうようにすること。以上のような内容が覚書の初めのほうで掲げられています。農業従事者の大部分の人たちに経済的に今よりも豊かになってもらうこと、日本を民主化すること、そういった目的で日本側に農地改革をしてくださいとGHQは要求したわけです。

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ここで出てくる民主化というのは民主主義、国民が国の方針を決めていくという考え方にかなうように変化させることで、農地改革によって当時日本国内にたくさんおられた農業従事者の地位が向上することになりますから農地改革は民主化の方針にかなう政策ということになるのでしょう。またこの農地改革という政策の目的として日本が経済的にアメリカなどの国々と対立するような状況を作らないことや共産主義勢力の拡大を防ぐことなども指摘されているようです。貧しい農家の家庭は低賃金で働く労働者を社会に送り出しているという側面がありました。安い賃金で働く人たちによって生産された製品は販売価格が安く済みますので日本製の製品が他国で販売されると他の国の製品の売り上げを奪う結果となります。そのため日本は経済的にアメリカなどと利害が対立するような構造がありました。

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ですから著しく安い賃金で働く労働者を減らすために多くの国民の経済状況を改善させる必要があったというわけです。多くの国民の経済状況が良くなればとても安い賃金で働くような労働環境に国民は目を向けなくなり労働者を雇う方も、もっと待遇を改善しなければ労働者を確保できなくなっていきます。また国民のかなりの割合を占めていた農民の経済状況が改善したら国内での様々な物資の消費量が増加することが期待できます。国内で物が売れるようになれば、軍事力を使うなどして国外に無理に出ていって日本で生産された物を売る様な市場を確保する必要も弱まります。そうなれば諸外国との対立も減ることになります。共産主義勢力の拡大防止についてですが、これまで同様地主制度を継続した場合、貧困に苦しむ多くの農業従事者が共産主義を支持するようになってしまい、中国大陸の状況と同じように日本でも共産主義勢力が力を強めてしまうことになってしまわないかGHQや日本政府側も心配していたということのようです。

 

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今回は農地改革について一部取りあげました。農地改革がおこなわれた目的について関心がもたれていたようなので、この記事ではそれをテーマにしています。農地改革をおこなって多くの小作人の方々が経済的に豊かになることはわかるのですが、それをGHQが熱心に日本側に実施するよう働きかけたというのは今一つ結びつかない感じがこれまではありました。でも、日本が他の国と対立しないような構造を作るとか、共産主義勢力の拡大を防ぐといった目的があったということを知ると確かにアメリカなどの連合国側の利益にもつながることになりますから、納得がいきます。農地に関する制度が国家間の対立に関係したり、特定の政治勢力の拡大に関係したりするものなのですね。この政策を進めた側の目的がどうであれ多くの小作人の方々が経済的に楽な状況になったというのは歓迎するべき話だと思います。日本の国内需要が増えるという話もなるほどなぁと感じました。ただ地主さんたちは当然不満だったでしょう。こういった制度の変更を自国の敗戦によって戦勝国に強制されておこなうのではなく、自国で、自力で成し遂げるというのは地主さんたちの反発もあって戦前はなかなか出来ないことだったようです。既得権益を持った方々の発言力が強ければ制度を変えるのは難しいですよね。

 

今回の記事は以上となります。最後までご覧いただき誠にありがとうございました。  <(_ _)>

※記事内容と掲載している写真に関係はございません。ご了承ください。

戦前の一部の農業従事者の動きについて触れた話「日本農民組合とは?小作争議や結成した杉山元治郎さんについても」はこちらです。

小作人の方々が増えるようなことをしてしまった話「松方財政とは?この経済政策が行われた背景や影響について」はこちらです。

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