崇峻天皇が暗殺された理由は何だったのでしょう

崇峻天皇が暗殺された理由

古代の日本の出来事に関心を持たれてこのページに来られた皆様、こんにちは!この記事では古代の日本で皇位にあった人物、崇峻天皇(すしゅんてんのう)が暗殺されてしまった出来事について、理由を中心に私なりに書いてみたいと思います。天皇が暗殺されたなどという話を聞くと日本国民としては聞き捨てならない感じもしますが、日本の大変古い歴史書、日本書紀にはそんな出来事も書かれているそうです。それによりますと第32代天皇の崇峻天皇は蘇我馬子(そがのうまこ)という人物によって暗殺されたとなっているんですね。崇峻天皇という方は欽明天皇(きんめいてんのう)という方の息子さんにあたるかたで、ご兄弟には天皇に即位した用明天皇(ようめいてんのう)という方がいらっしゃいます(用明天皇が兄、崇峻天皇が弟)。この用明天皇のお子さんに有名な聖徳太子さんがいらっしゃいます。崇峻天皇と聖徳太子はおじさん、甥の関係になります。蘇我馬子という人物は先日の聖徳太子さんと馬子さんの関係についての記事でも触れたように西暦500年代後半から600年代前半にかけて日本の政権で大きな影響力を持っていた権力者でした。皇族とは異なる、固有の武力や大きな経済力を持った一族、豪族(ごうぞく)の中でも特に力を持っていた一族、蘇我氏(そがし)の指導者だった人です。どうして崇峻天皇が蘇我馬子に暗殺されたのかですが、崇峻天皇の発言がきっかけとなったと歴史書にはあるようです。その発言が蘇我馬子に伝わり、彼は暗殺を企てることにしたと言われています。

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崇峻天皇の発言

これはさまざまな所で説明されていますし、日本書紀にも書かれている話のようですのでご存知の方もたくさんおられるかもしれません。崇峻天皇は私なりにわかりやすい表現で言うと「憎く思っている者を打ち首にしてやりたいものだなぁ」といった内容のことをつぶやいたのでした。狩猟によって得たイノシシを献上されるような出来事があったようなのですが、そのイノシシを前にした際にイノシシの首をとるように憎らしいやつの首を~といった先ほどのような発言をするわけです。別に個人名を言って~を打ち首にしたいといったわけでもなかったようなのですが、崇峻天皇が憎む人物ということになって思い浮かぶ人物いうのは蘇我馬子だろうと見る人は結構いたということなのでしょうか。蘇我馬子にそのような出来事があったと伝わってしまいました。崇峻天皇のお妃にあたるかたが蘇我馬子に崇峻天皇の発言を伝えたなどとも言われています。

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どうして蘇我馬子のことを指していると思ったのでしょう

崇峻天皇は憎らしく思っている者を打ち首にしたいといった内容をつぶやいただけです。特定の人物の名を言ったわけではありません。なぜ馬子さんのことだということになるのでしょう。崇峻天皇はあまり政治に関与させてもらえず実際に政治をとりおこなっていたのは馬子さんだったからとか、崇峻天皇は即位後に実際の政治の中心地からだいぶ離れた場所であった倉梯柴垣宮(くらはしのしばがきのみや 現在の奈良県桜井市にあったそうです)に移り住まなければならなくなるよう仕向けられたとか、崇峻天皇の兄弟である人物が馬子によって命を奪われているなどなど、恨む理由としては複数指摘されているようです。

蘇我馬子の対応

崇峻天皇の発言が馬子さんの耳に入り自分を倒そうと崇峻天皇は心の中で思っていると疑いました。馬子さんの配下の人物が暗殺の実行を指示されます。崇峻天皇が参加する必要のある行事を作り出し、その行事に出席した崇峻天皇は計画通り命を奪われてしまうといういたましいことになってしまいました。実行した人物はその後馬子さんの娘にあたる人物を連れ去ったことなどを理由に殺害されたなどという話があるようです。これもまた口封じのようにも思われますし、恐いですよねぇ。

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今回は崇峻天皇の暗殺の理由について一部取りあげました。今まで崇峻天皇というお名前も全然印象に残っていませんでしたし、皇位にある人物が暗殺されてしまうという話はこれまで社会や歴史の授業で学んだ記憶は無かったのですが(単に忘れただけなんでしょうかねぇ・・。本当に印象に残っていません)、実話なら相当重大な出来事です。教育機関でもっと取りあげてもいい出来事なんじゃないの?とも思うのですが・・・。どういったいきさつで命を狙われてしまうことになったのか理由を知りたく、このようなテーマの記事にしてみました。日本書紀にある話の中には創作だろうと多くの人たちが指摘する内容も記載されているようですが、この蘇我馬子による崇峻天皇暗殺の出来事についても事実ではないと疑う人もいるようです。史実かどうか疑わしいから社会や歴史の授業でそんなに強調されないということなのでしょうか・・・。本当にあったことなのかどうなのか私にはわかりませんが、もし本当のことなら不用意な発言がその発言をした人物の命を奪ってしまったということになります。命を落としてしまうこのような話は確かに権力者ならではの特殊な出来事とも言えます。ただ、思っていることが口に出てしまうという話は珍しいこととも言えないような気がしますので、発言には本当に気を付けなければいけないなぁと改めて思いました。

今回の記事は以上となります。最後までご覧いただき誠にありがとうございました。  <(_ _)>

※記事内容と掲載している写真に関係はございません。ご了承ください。

皇族のかたが追いつめられ自害する出来事について触れている話「長屋王と聖武天皇はどういった関係だったのでしょう」はこちらです。

大正時代に皇族のかたが狙われた出来事について触れている話「虎の門事件とは?この事件の影響や難波大助についても」はこちらです。

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